盆栽屋手持金銭底尽候

せっかく常連になった道志みちなので今日は5時間半コウスに飛び出そうと意気込んだのだが、何故か頭のなかで行くなという声がしてきます。
市街地を抜けて山道を走っていると先日の落車の記憶が甦ってきます。
肉体の傷は癒えてきても記憶は操作できないものか。
その後、立ち寄ったコンビニで買い物をすると財布の中身がわずかになっていることに気がつきます。
300圓で遠乗りはやめておこうと4時間コウスに変更しました。
お金の使いかたにはそのひとの個性が表現されるようです。
いつも妄想と理想がひとり歩きしている今度の買い物は楽しみが待っています。
そして、先を見る私にはフェードアウトの種になってしまう。
ひとの買い物にはクチをはさまないしはさむことも出来ないのですが、
まるでニュウスを見聞きしているような、
けれど他人事ではない珍事もあるようです。
なにを表現したかったのか?
疑問が残るのならこれもフェードアウトの種になってしまうのでしょう。
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先を進むと後輪の空気圧が足りない気がして止まって確認してみると空気圧は平気だったのですが、タイヤに先日の落車の血がついてました。
この血が私の記憶の糸を引き出したのかもしれません。
言う通りに4時間にしたよ。
春の向かい風の中、ゆっくりと走ります。
by astronautics | 2008-05-15 15:00 | 犀の角のようにただ独り走れ
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